【広島・原爆の日】被爆建造物が伝える原爆の脅威 情報発信を続ける元原爆資料館・館長の思い
午前8時15分。
79年前のきょう、広島に原爆が投下された。
その犠牲者となった人々への慰霊と世界恒久平和を祈念するため、
1分間の黙とうが、ささげられた。
「非常に立派な建物だなということを改めて感じます」
先月20日、大下容子アナウンサーが訪れたのは、広島市内にある被爆建造物、
「旧広島陸軍被服支廠(ひふくししょう)」だ。
2024年8月6日 18時0分 テレ朝news
旧広島陸軍被服支廠
今年も8月6日がやって参りました。恒久平和をご祈念申し上げます。
今日の記事では、テレ朝のニュース番組から、旧広島陸軍被服支廠が紹介されていたようです。
私がこの建物の存在を知ったのはまだ3年くらい前のことで、利活用策の検討を進めるというような県の方針が明らかになった時期でした。当時の記事はこちら→「旧陸軍被服支廠はご存知でしょうか?」
ここは、1914年(大正3年)、陸軍兵士の軍服などの製造・貯蔵を担う施設として建てられたそうです。鉄筋コンクリートやれんがなどで頑丈に造られていたため、原爆の爆風にも耐えた建物だ。
最大規模の被爆建造物
アナウンサーさん「あちらの方向が、原爆ドーム、爆心地です。この被服支廠は2.7キロ離れているんですが、爆風でこのように非常に頑丈に作られた鉄の扉…鉄扉がもう曲がってゆがんでしまっているのがわかります」生々しい傷跡が、今も原爆のすさまじさを物語っている。ということ。
1945年8月6日午前8時15分。広島に原爆が投下された。この投下により、爆心地から2キロ以内の建物のほとんどが破壊され、およそ14万人の命が奪われた。爆心地から約2.7キロにありながら、原爆にも耐えた最大規模の被爆建造物。現在、一般公開はされていないが、今回、建物の内部へ入ることが許可されたそうです。
語り継ぐこと
元原爆資料館・館長さんが言われていたのが、「私どもがメッセージを発信するというのは残された被爆者の使命であるし、広島の市民、県民の思いだ。そういうふうな結集をしながら、今まで以上に情報を発信していく必要があるんじゃないかと思います」ということでした。
日本国民の皆さんにおいては、老若男女の皆さんで力を合わせて、語り継いで行かなくてはいけませんし、備えもまた出来る限りのことを行っておく必要があると思います。
街の中にRC住宅が点在していることで、災害に強い街にすることが出来ます。是非ご協力ください。